いちばん初めの発注者

この間、というかちょっと前、あ、ちょっとだいぶ前かな?
てか、だいぶちょっと前だな。
ほんとうに丸一日休みが取れる日、義ちゃん(よしちゃん)と散歩した。

義ちゃんとの付き合いは高校入学のころだから、もうあと何年も待たず
40年を迎えることになる。
名前はちからっていうの?りきっていうの?
と彼は聞いて、ふうん、と言った気がするが、
いつも僕のことをリキちゃん!と呼んでいた。

彼はとてもインパクトがあった。というか印象的な人だった。
引き立つ人であるんだけれど、派手というカテゴリーには入らない。
僕自身は少年の頃から地味〜な人間で、色々目立たなくてはこの世界で
やっていけないだろう?と30代から40代、痛い試行錯誤もしてきたが、
今では本来の素材という、地味、そのものには最たる便利さを持ち合わせて
なんとかめんどくさい事象からも逃れ忍者的に生きているが(笑)、
義ちゃんの派手でないというところは、そういう地味というのでは決してない。
chic(シック)という感じがぴったりくる。

言ってみれば英雄的なキャラクターに例えると、「科学忍者隊ガッチャマン」でいうと
大鷲のケンではなく、コンドルのジョーであるし、
また、もっとわかりやすくいうと、スターウォーズなら、ルーク・スカイウォーカー
ではなく、ハンソロ船長ということになる。

要するに金ピカではなく、シルバー、それもいぶし銀的な渋み、まばゆいきらめきを
反射させるなら、プラチナなんだろうと思う。

高校出て僕は、レールも外れたスタートを始めるから、いつか好きな絵を描いて
のほほんと暮らせるよう小さなカフェでもやって、そこに自分の絵をかざろうという
夢のために、とりあえずは飲食系の店でウエィターをやることにした。
(その前に実は絵の勉強しながら道路工事のガードマンしばらくやったけど。笑)
まあ、その夢、いまはまだ叶っていないから僕のそういう話はさておき、
当時、義ちゃんはギンギンな、金銀のみならず、赤やブルー、グリーンや黄色、ピンク、
パープルと、色とりどりのまばゆい星を、シャウトした口から吐き出すジャケ写で
一世を風靡した「あの人」の髪をカットしたい!
という理由で東京に行った。
義ちゃんは高校出て美容師として京都で修行をしていた。

義ちゃんはいぶし銀なので、僕が彼のそういう話を自慢するのも、彼の美学からして
照れる振りでもして言わんといてくれ、、とそういう感じを醸し出すが、
彼は、そこんとこ、夢、数年で実現した。
いまではそれ以上のことやってきたし、またやってる。
だが、詳しいことは僕はいつも彼に聞かない。

義ちゃんとは、30年近く前に、神戸の須磨の山に登ったことがある。
登山は、僕、子供の頃、愛宕山に遠足で行ってしんどくて吐きそうだった
記憶があるから、得意ではなかったが、須磨寺近くの売店でパンか菓子?
それとジュースを買って登りだした。
義ちゃんは、「リキちゃん!登り切るまで飲んじゃだめだよ。」というので
なんとストイックな人なんだ〜〜〜と思った。
彼は絵も描いたりはしたが、陸上部で頑張っていたので
気合がはいった人だった(笑)。

それだけではなく、きっとそういうストイックさは、「禅」の感じから
来るものだと当時感じた。

そのあと元町あたりを散歩して、京都では清水寺あたりを闊歩して、あと
何処行ったんだろう?いろいろ忘れたけれど若かった、よく短時間で
いろんなとこ行った。
覚えているのは義ちゃんは南京町で買ったカンフーシューズで
清水寺から祇園方面に抜けるときポーズ取って、やたら嬉しそうだったことだ。

その後も何回も節目節目で彼とは会っている。
僕は絵で食うには、とりあえずイラストレーターになりたくて、
東京の出版社をめぐるのに彼の住むハイツにしばらく居てお世話になった。
今でも素晴らしい懐かしい思い出だ。

いよいよ活躍する彼の東京の日々、つかの間の京都での休暇を、夜の賀茂川で寝そべって
ビール飲んで川の流れる音を聞きながら、星を見た日も昔ながら遠くなく記憶に
新しく懐かしい。

そんな義ちゃんがこないだ京都に帰ってきて、朝早くから散歩した。

登山はお互いきついから(膝が痛い僕を気遣ってだと思うが。笑)
比叡山は朝一で、ケーブル、ロープェイで行こう。
その先は台風の爪痕があったので、迷ったあげくバスで延暦寺へ。
成り行きで公開のお説法を聞いた。

そこから降りて戻って叡電で一乗寺まで行き、八大神社に行った。
言わずもがな剣豪、宮本武蔵を祀った神社である。
なぜかというと、バガボンド、義ちゃん読んでたから。
今も昔も決闘相手の吉岡一門の人数のドラマの盛りに驚き不謹慎ではなく笑いつつ
神社を出ると何匹かのカマキリに遭遇。
久しぶりに見るカマキリに歓喜するも、二刀流の神様からのメッセージだと
ありがたく感慨にひたる(笑)。
詩仙堂に寄って、しばし庭を眺め和む。
あ、比叡山のケーブル待ちのときも、秋の空をベンチに寝そべって眺めていたなあ。

最高の休日だった。

そして哲学の道を経て、僕らは大文字(如意ヶ嶽)に徒歩で望んだのであった。
これ、思ったより50代の僕らにはきつかった(笑)。
大の文字の中腹まで行ったのだけれど、さすがに僕は疲れていまして、夕暮れ間近の
街の絶景を見下ろすも、記念写真を撮るほどの元気はなかったです(笑)。

それから百万遍あたりを散歩して、なにを食うか選び抜いたあげく、義ちゃんが
これにしよう!とインドカレー屋に入った。
なぜかインド音楽ではなく、僕らが入るやいなや、店員さんはアメリカン50’sの曲を
かけた。ビル・ヘイリーを久しぶりに聴いた(笑)。

ナンが大きくてうまくて腹一杯になり、義ちゃんが「もう無理」と言ったのが
面白かった。

徒然に書いたのに恐ろしく長くなってしまった(笑)。

また義ちゃんについて追々書くこともあるでしょう^^

そもそも僕の人生最初のイラストの発注者は義ちゃんだったのです。
どっちが最初か、忘れてしまったけれど、バンドやってる同級生がテレビのコンテストで
優勝したから記念に彼らのレコードを番組で作ってもらえる。
当初は義ちゃんが頼まれたのでしょうか?ジャケットのイラスト。
僕に描いてくれと。義ちゃん。
それと学園祭か文化祭のパンフの表紙だったな。
リキちゃん描いてくれよ。と。
僕は、当時も好きだったヘプバーンの似顔絵を描いたなあ。
彼はアーティストであり、職人であり、しかもディレクター脳をもった
人である。
真のところは求道者なのだと思う。
そこは実のところ、僕にも共通した芯なのだと思う。

それからもいろいろ僕は助けてもらってる。

来年の彼の店の年賀も描かせてもらった。
義ちゃんの依頼で新しい描き方をしました。
それ、義ちゃんとても気に入ってくれました。
ありがとう^^

彼の店、SOLO んでもってタカムラウンジ。

写真はこないだの大文字登山の日の写真から。
僕の写真の顔は、年々、亡くなったオヤジに似てきてガッカリする(笑)。

これは宮本武蔵と吉岡一門決闘の地にて。

大文字を下る時の夕暮れ

しんどいな、やめよかな、と言っていた時、たまたま出くわした外国の人に、あと何分?って、義ちゃんが聞いたら、あと 15分って言うので、じゃあ登ろか、と行ったところ
実はオイオイ!30分近くあった(笑)。
その人に撮ってもらった写真。

※追伸

太陽の反射光であるが、僕の膝に緑色の光がある。
こんな現象、なんてことないが、実はこの頃、この部分が半年に渡って僕、激痛だった。
もちろん、行きつけの、平川均整院に行き、日常には差し支えなくしていただいたし
山を登るにはさほど痛くはなかったが、剣道の蹲踞などは
とてもじゃないがまだできないほどだった。あぐらもかけなかった。凹むよね。膝痛。
が、しかし、不思議なことに今は劇的に快方に向かってる。
これ、本当のはなし。これがオチではないけれど。

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ずいぶん涼しくなりました

年齢のせいか疲れがなかなかとれなくなってきました。
まあ、そういうのやめましょう。
途端にいろんなところからサプリなど売りつけられます(笑)。
めんどくさいです。

あんまり書くことがなくなってきたなあ、、、、。

面白い、書きたいこともあるんだけれど、
そういうの大体、守秘義務を伴う仕事のことが多くなって来た・・・・。

みなさんも今年下半期お元気で。

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もうあかんかもしれん

などというと、優しい人たちはちからさん大丈夫?って
メールとかそういうのくれたりするかもしれない(笑)。
そういうの欲しいからではなくて、お前はどうして居るんだっ!と、
イラっとされたりしないように伏線を張る今回の書き込みです。

猛暑ですね。
夏は大嫌いなのでしんどいです。
30歳頃から京都の夏が大嫌いになりました。

で?

ある知り合いの本当は学者さんであるそのひとは、世界は今
本当は氷河期なんです、と言われた。

確かにそうかもしれない。

僕の大好きな「雪の進軍」をきいてみてください。
ユーチューブなどで。
しんどくてローマ字変換もできません。
マックはお昼、勝手にダウンしました。偉いです^^

僕はひ弱ななりに相反して元気ですが、周りがばたばた倒れていきます。
京都の夏。あかん!休めない(爆)

毎日時間が速いです。
あかん、無理や。。。。

いっそのことモールス信号や乱数でこのブログ書いてみたいですが
しょぼい僕の気持ちをおくみ取りください。

休日にはカルチャーとか・・・ブライダルフェアとか、そういうもので
埋め尽くされています。

儲からないと今年、僕はアカンかもしれない。

夏は特にあかん。

トラトラトラ、、は、まだ早い。
SOS(ピピピピーピーピーピピピ。つまり・・・ーーー・・・)。

いろんな人、待たせてごめんなさい。
ほんまにごめん。m(_ _)m

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サウザンアイランドドレッシング

サウザンアイランドドレッシングってなんですか?
名称を知らなくても皆その味はわかると思います。
名前の由来は?
それはインターネットで見てください。
と、いう時代ですが、僕はテクハラは嫌いですから
大雑把にいうと、ケチャップとマヨネーズ、油とお酢をかき混ぜたものだと
言います。
学校給食の小さな袋入りのあのドレッシングであり、
まあ一言多くいうとビッグマックの中にはさんであるドレッシング
というかあれはソース。
今日は野菜サラダにそれをかけ
コニー・フランシスなど聞きながら晩飯です。

今年は今の気温になってから初めて聴いたなあ・・・・。

絵がなかなか描けません。
簡単だったはずなのに・・・・。

季節のせいかな?
僕の人生の季節的なかな?的な。・・・。

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祇園祭のいわゆる只中です

久々に写真入りのブログです。
写真は子供のころから好きだったけど、うまく撮れません。
じゃあ、本業だと言っている絵画はうまく描けてるのかな?
と詰問されれば、あまり巧くははないです。僕。

で、そんなことどうでもいいですが、住んでいる部屋から歩いて数分で
この季節は祇園祭の風情を垣間見れる環境におります僕です。

なんで京都に住んでいるんだろう?
ふと思いますが、それは僕の親父のせいです(笑)。

17日の本祭りの前日が宵山ですから、今日は宵宵宵山です。
人がいっぱいです。
暑苦しいです(笑)。

今日はある会議に参加する日でしたから
ちょっと付近を散歩しました。

早くも夏バテしそうなので、今日みたいな日はうなぎがたべたかったなあ。
でも我慢です(笑)。

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時として非人間的にあなたが扱われた場合

おう^^;
そんなタイトル書き出すと、あ、わたなべ、なんかやりはじめたのか?
やばいことを・・・・、とか思うんでしょう?みなさん。
フフフ・・・。

フフフやないて。(笑)

けっこう真面目に言ってます。

時として、人は非人間的に、だれかに扱われる場合があります。

僕にだってあります。
皆さんにもあるでしょう??

立派な人間として、両親を媒体に神に作られた人々にとって。

それでも世知辛い、ちっぽけで、現代にとっては一番かなめの
くだらない理由で、憎しみからではなく、ある意味、流れで
そういう扱いを受けることがあります。

いちばんやっちゃった系の自然な反応になると「事件」に
発展します。

もし、今日がそんな日で、情けなく肩を落としてあるく、
または怒りの表情がとれず、今までと違った形相になった方、
いまご自分自身を抹消したい方がおられたら
ちょっと待ってください。

それ、僕が全部引き受けます。

圧縮してためてそれらのものに倍返しといわんまでも1.5倍くらいにして
返してあげましょう。その対象のもろもろに。。。

そう言ってしまうことで僕自身がキレないで済む場合もあります。
今は負け犬の遠吠えですけれどね。

ゴッドファーザーのルーツも、そもそもはそういうところから
始まったのは確かです。

だから僕、そういう映画好きなんでしょうね。

そういうさなかにも、誰か一人は、僕を助けよう、手伝おうと
そばに来てくれていたりするものです。
そういう人、事、に「ありがとう!」を言い忘れている
ことが僕には今まで多かったりもした。

明日も楽しくお過ごしください。

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おかげ

僕、若い頃はそれなりにキレやすかったりした時期も
あるから、こういうこと言うのもどうかな?と思うし、
まあ、そもそも、キレるにはわけがあった。
むやみやたらに狂犬のように吠える僕ではなかったからだ。

そう言っても僕は和をなして貴しとなすという
気風を赤ん坊の頃から持っている。
自分で言うな!と多くの人には言われそうだが、僕は可愛がられて
育った。実際可愛かった(笑)。子供の頃は・・・。
で、そんな僕は、
「あなたは腰が低いね・・・・」と
若い頃ガールフレンドに言われたことがある。
謙虚な方ね、という褒め言葉ではなかったと思う。
その人はどちらかというと、周りには、僕に偉そうにして欲しかった
という性格だった。と、思う。
少年から青年になるとき弱肉強食のモデルを他人の振る舞いから学んで
切磋琢磨もしなければいけない。
ある人には生まれ持った財産とバックボーン。
そうでない人にはヤクザ的な力技がなければ、実際
1990〜2000年代を生きてはいけないのであったろう予言めいた
ことも示唆されて・・・。

さておき、年相応に、または、若くして他人に偉そうに振る舞える人がいる。
ある意味本当に羨ましいと思う。僕のような人間には・・・・。

人間って、育った環境から作られた行動パターンや性格は
なかなかチェンジしづらいと思う。
卑屈なのもどうかな?と思うけれど、僕は威厳な風な感じをを出したり
人に先んじてイニシアチブを握ることに劣っている方であった。

子供時代、その情けなさに、よく母親にも叱られたものだ(笑)。

友達、というか、僕の知り合いで、ものの見事に偉そうに(笑)、
瞬時にいろんな主導権を天才的に手に入れるひとがいる。
そういうこと僕にはなかなかできない。
僕の中のいくつかのストッパーに僕自身がいつも検閲されるからだ。

その人はいいやつなので、さらに羨ましいと、僕は思っている。
もちろん憎めないキャラですよ。

その人の口癖は『俺のおかげや』である。

う〜〜ん、実に男らしいです。

だけど、その人は知らないと思うけれど
周りから(たぶん女性たち)、あるニックネームをつけられました。
そのニックネームは・・・・

『おかげ』・・・・・。

う〜〜ん。
だから世の中は怖いんです。(笑)

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ジョン・レノン

思ったより早く亡くなった偉人について。
語ると、僕のような偏った青春時代を過ごした人の中にはジェームス・ディーンという
俳優のことをあげるがごとくいろいろあるでしょう。
さて、前回は坂本九さんについて書きました。ちょっと。
忙しい友達は、そうかあ、またそんなこと言うとるなあ、渡辺・・・・。
ってことでそんな感じが一番気持ちが落ち着きます。

上手にうまく、かつ、時代の動きで、ご本人のラッキーかアンハッピーか
わからないけれど大きなアイコンになっちゃった人のうち
ジョン・レノンという方がおられます。
ビートルズについては同級生のIくんに、いいから聴いてみろ!と言われながら
ちょっと違うジャンルの古い曲を聴きながらうんうんと言っていた僕でした。
感謝してます。
5歳年下の妹が、ビートルズ!いいね!!と言いました。
あ、そうかな、
とか言いながら初めて本気でハタチ過ぎでした。(笑・え〜〜〜〜)

そのあとなんのご縁か、知り合った哲哉さんという方が経営するバーに
よく通うようになり、そこではいつもビートルズが流れていましたので
ある意味どっぷり洗脳されかけた(笑)かもしれません。

いろいろ教えていただきました。

程よい時期に亡くなったスターのうち、何人か好きな人が僕にはいますが
その一人はジョン・レノン。

前衛芸術家の女性と恋に落ち(?)、時代の動きに乗っかって
もともと思っていた方向とは違う方向で注目されるも、次の時代の動きで
う〜〜〜ん、う〜〜〜〜ん、と、お金はあるけれどももがいた時間を過ごした偉人です。

ある日、彼は原点に帰って、本当にシンプルなことを始めました。
音楽でもそうだったと思います。
きっとこれからだと思っていたと思います。

そんなとき、他殺されてしまいました。
そのことは僕のような底辺の小市民の底辺にいるものにはどうでもいいことです。

お父さんとお母さんのどちらを取るの???!!!!

少年のジョンはそういう諍いにのさなか迷ったあげく
母親に駆け寄ったと言います。
たぶん両の腕を双方から引っ張られて愛で威嚇され・・・・。

僕と同じです。

彼も、軟弱な人だったんだ・・・・・。

偉人に対してシンパシーを述べる事はたぶん僕ならば
7回生まれ変わってもきっと報われないと思いますが

そんなジョンレノンさんがいつからか好きになりました。

彼はずっと生きていますね。
ぼくはたぶんそんなに生きなくていいけど(笑)。

ジョンレノン、知らんという若者にも教えたいです。

シルバービートルズのころの彼はかっこいいロカビリアンだったことなど
含めて・・・・。

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世界の国からこんにちは

世界の国からこんにちは
という歌がある。
三波春夫さんの節回しがメジャーである。

三波春夫さんを誹謗中傷するものではない。
はっきり言ってダサい。

ちょっと前、なんらかのグローバルな展開に向けて
この歌をSMAPが歌ったことがあった。

一同、これならおしゃれやね!おんなじ曲でも・・・と
いう意見が聞かれた。
たしかにそうだ。
間の置き方とか節回しが違った。

だが
いやいやいや・・・。

それよりももっと原点に帰ってよかったのは

坂本九の歌う、「世界の国からこんにちは」である。

僕は聴いたことがある。

ネットでは出てこない。
出てくるだろうが何時間も張り付く気力がない。
が、
たしかに存在する。

SMAPのそれよりも段違いにかっこよかった。

メディアにはなんらかの力が存在するだろうし
あまり言わないほうが賢明かも知れん。

坂本九、

日本のロカビリー歌手である。
ロカビリアンらしい死に方もしている。

17歳ころ当時の僕は、え!?坂本九ってロカビリー歌手なの?
不思議に思った。
確かにガイコツカーボンマイクで白いハンチングなんかかぶった
画像も見たことがある。
だけど歌謡曲のひとだよなあ???と。

まあ、たぶんスキヤキが全米で当時ヒットしたからだろう???と
思っていた。

いやいやいや!ちゃうちゃうちゃう!!

聴いてみなはればよろしかろう
彼の音声のバイブレーションはエルヴィスのそれにも劣らず、
ヒーカップ唱法も、ラテンな舌の回し方も、最高である。
当時のジャパニーズ・ロカビリアンも
彼より上手くはなかったろう。

顔が日本的で可愛かったから、ロカビリアンとしてなかなか認識されなかったと
思う。しかし、かれは『HIP』であった。

ウルフルズが『明日がある』をコピー(カバー)したのも、
ゆずが『見上げてごらん・・・・』をいじったのも
そういう理由がある。

実に世の中はそういうものだ。

坂本九は素晴らしいと僕はずっと思っている。

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リハビリ

リハビリってなんやねん・・・・って話になる。
僕にとってのPTSDあるいは後遺症(after effect)っていうのは
携帯電話のバイブ、または突然やってくる「電話」というものである。

締め切りに追われている時の電話。それは恐怖だった。
また、制作業という分野の仕事に携わる中でも、ポケベルを持たされて
絶えず気の抜けない時代になった時、それは発症してきた。

ズボンの左ポケットに入れているポケベルがなった時、その振動で
『うおっ!!』とビビることであった。
結婚していたときは、こいつ不倫してるんじゃないか?と疑われたこともあった。

楽しかったと思った商業画家時代だが、今考えれば奴隷の暮らしであった。

今はそういうものとは無縁で暮らしている。

どんなに可愛いコにであっても、僕は電話は嫌いだ。。。と言っている。
すまないことと思う。
女の子でなくともかねてから、中学からの友人で長話が好きな奴がいる。
すまないと思う。偉そうにな m(_ _)m ごめんなさい。

なのにかかわらず、電話機みたいなうっとうしいもの、ポケットに入れていなくても
信号待ちでは左の太ももにバイブ感を感じ落ち着かない。
携帯などポケットには日頃入れてないんですよ。
カバンに入れてOFFにしてある。
見栄を張って言っているかもしれません。
もうモバイルフォンなど持てない身分になったことぉ隠しているかもしれません。
このおやじ。

とりわけ嫌なのは銀行のキャッシュコーナーでATMの前に立った時、
99%くらいの確率でそのバイブ感が来ます。

きっとなにか仕掛けがあります。
僕だけにあるのかもしれません。
紅三四郎が頭か脛にチップを埋め込まれたように
僕もいつかの健康診断の採血で倒れたときに秘密結社に
チップを埋められたかもしれず。
うん、きっとあのときしかないな・・・・。、

まあ、いいでしょう。
そういう話には僕は相手をされません。

なかなかお片づけができないでいます。

だめなおっさんっだなあ。
中学二年の頃はいつも整理整頓してきれいなお部屋でした。
懐かしい。
みんなにはどうでもいいけれど。

めんどくさいけどたいしてお金にならない仕事のいくつかは終わりました。
あとは気長に待ってくれるであろうある先生への挿絵二点です。
これは勝負といったほうがいい(笑・偉そうな自分にビンタ)

これがなかなか描けない。

膝が痛い。
それは言い訳にはならないですが、正座と胡座がきつくなると
どうも丹田に力を込めた絵が描けなくなります(偉そうに^^;と思うでしょう?)

リハビリをします。

亡くなったおじさんにはロックンロールのツイストの踊り方を教えてもらいました。
なにもかもする気がなくてどよ〜〜んとした、不良少年のそれよりも
覇気のない周りにはニヒルで、誰に対しても感謝なく、臆病なくせに
虚勢を張っている(張り切れてはいない)僕には明るい未来に心踊ったものでした。

リハビリです。
好きだったいろんなナンバーがあります。
ツイスト踊るのにね。

もちろん心ゆくまで一緒にロックンロール踊れるパートナーは
ついぞいなかった訳だけど(笑)

あ、「後遺症(after effect)」っていうのが『黒夢』のアルバムにありましたね。
借りちゃいましたね。そのタイトル・・・。

to young to die

こんな単語もありましたから10代に遡って懐かしかったのもありました・・・

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