夢日記20170919

夢日記なるものを書いてみる。(笑)

僕はよく夢を観ることを楽しみにしているが
最近は観ていなかった。

昨日、というか今朝方というか夜中かな?
一度目が覚めて、お腹が張っているのだけれどめんどくさいので
また寝ようとしましたが、なかなか寝付かれない。
今格闘している絵の描法でなやんでいる。また・・・・・・。

そんなかんじで半分起きているかんじであった。
寝られない。遅刻は厳禁です(爆)。

意を決してトイレにこもり、きばりました。
トイレの窓際には鉢植えが三つあります。
ささやかにこの夏も生きてくれました。

夜中に便意を誘い込むことができたのは久しぶりです。
ご飯の最中のひとはごめんなさい。

波がきました。

すっきりしました。

そのあとぐっすり寝ました。

夢をみました。
見ず知らずの人だけれど、小学の少年時代の居間のようなところに
僕よりちょっと年上の女性が座っている。

なんだかそのひとの一挙一動に無性に腹が立って、
今まで使ったことのないような(?)ヤカラな言葉で
その人をボロクソに罵った。僕が。オッさんの僕が(笑)。
すかしたようなおしゃれな女性にも見えるし、バカバカしいおばはんにも
見えました、だれかまったくわからない(笑)。

父や、弟はその場に居なかったような気がするが
母や妹は、『まあ!!』といった風に僕のガラ悪さに
びっくりしている。

そこから場面は一転し、広いボロ屋が映し出される。
どこかで観たような、住んだ経験もある間取りだが
微妙にアレンジされていて、違う。

いわずもがなそんなに広い敷地に僕は住んことはない(爆)。

しょうがないのでいろいろ巡って歩く。
変な部屋がある。
汚いのにやたらに天井が高かったり。
今ならDIYで使い勝手よく良い使い方がわかる。

なんで廃墟にしているんだろう?
部屋数は知らないうちに多くなっている。
知らないところだが、なんだか知っている。不思議な廊下。
板間があったり、絨毯があったり、赤い毛氈があったりだ。

部屋から部屋へ渡ると、空の部屋もあるし、だれか居る部屋もある。
なんだか、僕は売店を探したい気がしているが、何もない。閉店だ。
トイレはいろいろたくさんあるが、あまり入りたいトイレはない(笑)。

そこは何回か夢で観ているが、なんで夢のなかのイマージュは
実際に知らないものがでてくるのだろう????

よくわからないが、価値を知らずに踏み倒してきたものの
叫びのような気もするし、
若さゆえぞんざいに無視してきた宝物からの叱咤かもしれない。

そんなわけで昨日(今朝)は久しぶりに人間的に熟睡し、
このようなバカなブログを書く羽目になった経緯を
友にに記そうと思った。

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夢キラリ文化基金のご案内。

夢キラリ文化基金のご案内。
滋賀県立文化産業交流会館の広告のイラストを
この夏、描かせていただきました。
最近のイラスト仕事の紹介を兼ねて。

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人生の秘密

人生にはたくさんの秘密が隠されていると思う。
僕が皆さんに秘密にしていることが多いという短絡的な
ことではなくて、人生そのものに秘密があるのだということ。

人生は全うすることに意味があるんです。
健康的で(あるいは健康を取り戻した)前向きな(前向きに生きられる努力をした)
人は必ずそう言います。

それでも短い人生を生きた人からにもそこまでの人生を
生きた意味を教えてもらえます。
どんな最後であったとしてもです。

さて、話は逸れそうになりましたが、
僕のいまの年齢になって不思議だなあと
思われることがあります。

とても早く亡くなった友人、また、そんなに早く死ななくても
良かったのに、と、ずっと思えていた憧れだった人物。
いろいろおられます。
親戚でも、友達でも、友達の家族でも。
いろいろ思い浮かばされます。

生きていると、それぞれその年その時期、そのタイミングで
あ!この人はあいつの、また、あの人の生まれ変わりではないのか?
と言った、妄想に近いかもしれないですが、ある意味確信的な
なにか身震いもするような時代を超えた若い人物に会うことがあります。

内緒です。

そこは、危険を回避して、そこについては、僕は言わないの
ですけれど、
生きていると必ずそういう不思議な体験をします。

大げさかもしれないですが不思議です。

年齢のせいかもしれません。

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ボルサリーノとアランドロン

僕の年代か、またちょっと上の諸兄、淑女なら
アラン・ドロンを知らない人はいないと思う。
フランス映画の正統派美男子の俳優さんである。

僕の母は、アラン・ドロンと握手したことがあるという。
昔、母が勤めていた会社関係のパーティーでアラン・ドロンを
囲む会みたいのがあって、そういう経緯だけれど(笑)。

笑っちゃいましたが、うらやましい、すごいですね。
僕の彼女の年齢の時には(今か?(また笑))、そんな
楽しいハプニングはないのであって。
まあ、しばらく無いだろう(笑)。というか生涯ないかもしれない(爆)。

彼のそのときの手は、労働者のようにゴツくて硬かったという。
あら!とびっくりしたら、
『私は野菜や花を育てるのが好きで毎日庭仕事をしてますから^^』
と、いうものであったという。

アラン・ドロンを知らなくても調べたらすぐわかる現代。
多くは語るまい。
まずは、『太陽がいっぱい』という映画。
メガヒットの殿堂入り作品である。
僕はちゃんとコンプリートしていない。
死ぬまでにはちゃんと観るつもりだ。

なにを大げさな、と失笑される方もおられるだろうが
年齢のせいかな?日々に疲れているからかな?
最近はちゃんと映画を最後まで観れない。

アラン・ドロン!いいな!!
って思ったのは、たまたま中学の頃、テレビの映画ロードショーで観た
『ボルサリーノ』という映画でした。

まあ、ギャング映画です。

彼はこれからメキメキというタイミングの時に
敵に潰されそうになり、アル中にまで追い込まれていきます。
よくある話ですね。
まあ、それから彼が王座に復帰する細かい話はもう置いといて
彼が復活する場面で、葉巻に火をつけ、上目遣いに挑戦的に睨むところ
またその美しさ、ボルサリーノ(イタリアの老舗の素敵な帽子、
ツバが広く、前部の庇をちょっと下げてかぶる被り方、
いうてみれば沢田研二がちょっと斜めに被ったあのかんじの
キザな帽子)をキメた彼のかっこよさにドキッとして、
復活できてよかったね!と思わず僕は泣いたのです。

なつかしい思い出です。
ロックンロールやリーゼントの楽しさを知る前に
一番はじめに痺れたのがギャングファッションでした。

そういう帽子、昭和の初期のお父さんはよく被っていましたね。
ソフト帽というもの。(シルクハットではないよ、という意味だと思う)

数年前に、あの麻生元首相がボルサリーノを被っていましたね。
時期的にはそのとき被って正解だったと思います(笑)。
もっとキレちゃえばよかったんだ(笑)。
だけど、なんか足りないかんじがしたなあ。(笑)

巷ではその麻生効果にかぶれたおっちゃんがたまに
ソフトを被っていますが、それとアランドロンのボルサリーノを
比べてくださればなにが違うのかおわかりいただけると思います。

ついでに思うことですが
日本男児には紋付羽織が本当は似合います。
しかしながら、今はまだスーツでしょう。
(僕などはもちろん黒紋付羽織袴を本当の正しい場で着るには
もちろん身分が低いです。)

またそのうえしかしながら、通勤時、多くのスーツ人を観て
辟易とします。
そんな着方ならしないほうがマシです。

自分のことは棚に置いて言っているのですから
もうこれ以上は言わないほうが賢明ですが
日本はまだまだまだまだ、ドブネズミ族(昔の文献を調べてください)が
多すぎます。

これが、僕が、偽物のホワイトカラーの品格を
蔑視している基準の一つでもあります。

歳がいったんでしょうね。若い頃おかしいな?
と思っていたいろんなことがちょっとづつ理路整然となってくるのを
少しうれしく思います。

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たまには建設的な事を。壱

僕も理想的な生き方をしようといろんな新天地に傭兵として(今は)
参加するも、時代が時代。
元々は下級の生き物が、にわか成金となりて
娯楽施設で好き放題。
礼儀もクソもなっていない『お客様』が偉そうにするそんな世の中に
暮らしています。僕ら。
(まあ、もう一歩踏み込んでいうと、こいつらもともとクソミソ一緒
なんだな、とガックリしてしまうことです。まあ、やめましょう)
サービス業が長かったです。僕。
そして友達の僕ら。
また、僕らの友達。

ある楽園で傭兵として参入していたときに、
毎日毎日の心無いクレームや世知辛い現代の様子に、
辟易とし、「ハ〜〜〜〜・・・」と
丹田から苦しいため息をつき、日に日に顔色が泥色に
なっていた友達がいます。
あなたは偉かった。
今でも飲み友達ですが、幸せな人生を送ってほしい。
僕も精進します。

さて、
クレーマーに媚びる企業が多いという社会が
そもそもおかしいわけです。
正しい店主は、過激な言い方かもしれませんですが、
『てめーら!二度と来んじゃねえ!!』
そういうのが真の日本人であります。

過激な言い方をいたしますと、そんな皆さんにはもう
娯楽やサービスを受けるという資格はない。
そもそもはそんな生き物ではない。

ま、置いといて。やめときましょう(笑)。
さて。

これは正直な僕ら清い僕らが全うするスローガンであります。
たとえば。

「原因」

慢性的な○○不足、○○の不足により
チーム全体に疲労の色が濃くなってきたこと、
また、前例のない内容であったので、注意力の欠如によるもの。

「対策」

今後はこの事故内容をチェックポイントとして強化。前日、また数日前の
荒れた状況の○○の情報伝達及びそれを共有した上、
個々人の五感を働かせ、個々人の日々の経験により、甚だ大げさではあるかも
しれませんが、所謂第六感をも総動員すべき。
これしかなく、また、これを是正処置とすべきであります。

嘘くさいホワイトカラーに死を!

などというとどこかのクレイジーなお国を連想させますね。
そこまでは脱線しませんよ。(笑)

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毎日蒸し暑い

札幌から京都に遷った子供の僕は、毎日の夏の暑さと
この上ない湿気に帯びた熱帯夜に睡眠前にいつも
死を覚悟していたものだ。
本当にしんどかった。
もともと体が弱かった僕が、うなされて喘いでいると
父と母が代わりばんこで団扇で扇いでくれていた。

今でも熱にうなされてこればかりは勘弁してくれというような
症状のときには、白黒白黒の暗転がまぶたに浮かぶ。
そのときの痛い目の奥の残像の記憶だろう。

ありがとうございました。

札幌に帰りたいと思う。
しかし素敵な夏の札幌も、いまや地獄のような熱帯夜。
年老いた母も、いまや帰る勇気もないだろう。

いやはや、なにをかいわんやです。

この温暖化。
いろいろ言われていますが、本当に責任をとらなかればいけないのは
あまり言ってはいけなく、言ってしまえば、逆に僕が叩かれるというような
そういう大多数の事柄人柄時柄です。

自動車も、また、ちょっと関係なけれど、電話とか○○などのような
文明の利器も無くなって欲しい。
本当は僕にはいらんです。

まあ、そういう中途半端な便利道具がなくなればいいのにとか
なかば半狂乱ではありますが
日頃、妄想で煮えた脳みそで闊歩する私です。

・・・・・・

たぶん僕はおかしいでしょう。
いずれ僕は正しいのにみんながおかしい!とか言い出すのでしょう。

もう言わない方がいいでしょう。

元気ですか?!
という皆さんだれかさんの問いに

『今日もいい1日になりますように!^^』

などという僕です。

僕自身が嫌いです。

皆さんも負けないで元気であらせられますように。

※京都に遷った子供の頃、近所の不細工な同じ年頃の子供に
北海道は冷蔵庫もテレビもないんやろう?!とか嫌味を言われました。
アホかと思いました。冬は室内はとても暖かく、テレビとかそんなんはもちろん、
スーパーに行っても、京都にあるものよりはずっと都会でした。
そういう意味で自然回帰をしたいと言っているのではないのであほ。

 

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僕の病名の告知

渡辺は最近どうしているのか?
絵は売れているのか?
借金苦の最中にいるんじゃないか?
実は仮面鬱なんじゃないか?

そう思ってくれている少数の人もいるでしょう。
ありがた迷惑です。

大多数の人に於かれましては、
僕のようなものは死んでいようが初めから存在
しなかった存在であろうが、それはどうでも良いような
ことです。
だって、
僕だって、大多数の知り合いに対してはそういう
ふうに思っていて、自分のことで一杯一杯だから
そんなもんです。
日頃こんにちは!^^お久しぶりです!!
などと軽口を叩いている人々に対しても
そんなもんです。だいたい。

(言い過ぎかな?でも、そんな空気は僕はわかりやすく
いつだって出してるんですけどね)

だけど、
ここらへんで言っておいたほうがいろんな人との関わりに
於いて一切の煩わしさを取り除いた上で建設的な
社交ができるのだから言っておくべきだと思ったのです。

僕の病気・・・・。

それは。

辞書を引いてもらったらわかるけれど、
告白します。

僕のその病名、、、、。
それは・・・・

『ピーターパン・シンドローム』です。

僕自身はずっと前から分かっていたのですが
これが真実です。

18歳で止まっています。

19になるとき、ものすごく悲しく
どん底にいました。

楽しそうに振舞ってちゃらちゃらしていました
けれど・・・・。

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燻っている

薫製機など、巷ではポピュラーに販売されてとても
楽しいですね^^
僕も燻製が好きなので作ってみたいかなあと。
燻製でも最高なのはホタテの燻製ですね。
小さい頃よく食べさせてもらいました。

さておき、そんなことではないんですわ。

ちからさん、最近くすぶっているんですか?(仕事)
というヘルプのお言葉をかけていただくことがあります。

はたまた、せっかくの才能をお持ちやさかいもったいのう
ございますから、うちでどうですか?個展。

などという留守電なりメッセージがくる。

ありがとうございます。

正直に言いましょう。
これは行ける!と思ったら速攻で臨むでしょう。
しかしながら、画力はさておいて、客観的観測という
ことに於いては、老いて鋭く選球眼が働くようになりました。
老眼がきつくなったのに反比例して、です。

だから心配しないでください。

幼少時からのことをずっと脳内を睡眠時にスキャンしております(笑)。

一番はじめになりたかったのは外科医でした。
でも、それは血を見ると貧血で卒倒してしまう体質のため断念。

16のころ、なりたかったのはロックンローラーです。
でも、楽器を弾いたりとか、そういう才能を発掘する根気がなかったので
断念。(まあ才能はない。消費者側で良い)

まだやりたいことは山ほどあります。
酔っ払っているわけではないからこれ以上は書かないです。
保身のため。(笑)。

いろいろ勉強中。

ある事柄に於いては、現時点では22章からなる、かなり分厚い本が
書けそうな気がしています。

元気にしています。

ただ、こんなブログからでもエッセンスぱくられることもあるから
今は内緒にしています。

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今日は何か

今日は何か書いてみようと思ったがやめた(笑)。
ちょっとなにかめんどくさくなったのもあるし、
あなたの文章は全く「てにをは」がなっていないと昔
言われたこともあったことも言い訳として起立しているし、
まあ、描かずして、いや、書かずして書くという幸せな
日本文化に法って生きているからである。

ほんとうはかきたいことはやまほどあるんだよ。
出し惜しみも時には大事です。と、
僕の天才の友人も何年か前かに言っていた。

あ、ファッションの話だけどね・・・。

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若い魅力的な男女、友達が、会話のメインに持ってくるのが
だいたい恋の話である。
そういう話を鬱陶しいと思う時期は僕にも済んだようです。

今日は恋の話でもしてみようか。

という心境にもなる。

だけどまだ話すにはまだ早すぎるような気がする。

もうちょっとあとで話すだろう。

その前にもっと話すことがあるはずだ。
いまはそれすら話すことのできるはずのない環境の(笑)
僕のはずです。

恋。

たくさんの歌や、絵や、そういうことにまつわる物品、または
無形の美術や芸術、文化、哲学、etc…..

ありますね。。。。。

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